Q 会社で雇っている従業員が、全く仕事ができず、会社を辞めてほしいと考えています。仕事ができないことを理由に、社員を解雇することはできるのでしょうか?
1 勤務成績・勤務態度の不良を理由に解雇を行うのは難しい
⑴ 東京地裁平成13年8月10日決定
勤務成績・勤務態度の不良を理由とする解雇について、東京地裁平成13年8月10日決定は、「就業規則上の普通解雇事由がある場合でも、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情の下において、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当として是認できない場合は、当該解雇の意思表示は権利の濫用として無効となる。特に、長期雇用システム下で定年まで勤務を続けていくことを前提として長期にわたり勤続してきた正規従業員を勤務成績・勤務態度の不良を理由として解雇する場合は、労働者に不利益が大きいこと、それまで長期間勤務を継続してきたという実績に照らして、それが単なる成績不良ではなく、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し、かつ、その他、是正のため注意し反省を促したにもかかわらず、改善されないなど今後の改善の見込みもないこと、使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情がないこと、配転や降格ができない企業事情があることなども考慮して濫用の有無を判断すべきである。」と判事します。
⑵ 東京地裁平成11年10月15日決定
また、東京地裁平成11年10月15日決定(セガ・エンタープライゼス事件)は、就業規則に規定された「労働能率が劣り、向上の見込みがない」といえるためには、「著しく労働能率が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならない」と判示しています。
⑶ 解雇の前に検討すべきこと
このように、勤務成績・勤務態度の不良を理由とする解雇が有効となるには、勤務成績(労働能力)が非常に低く、その労働者を職場から排除しなければ適正な経営秩序が保たれないと評価できる場合で、また使用者がその労働者の勤務成績を是正するための努力をしても、改善がみられず、今後の改善の見込みもないことなどが求められており、非常にハードルが高いと言えます。
したがって、労働者の勤務成績・勤務態度に問題がある場合、人事考課制度や配置転換などを通じて、勤務成績・態度の是正を図ることが出発点になります。
なお、高度な技術や能力を期待されて雇用された労働者を能力不足で解雇する場合には異なる基準で解雇の有効性が判断されます。
2 人事考課制度の活用
⑴ 人事考課制度の構築
前提として、人事考課制度の構築が必要になります。人事考課制度を置く旨、就業規則などに定め、別途、人事考課規定などで詳細を定めると良いでしょう。
⑵ 客観的な基準に基づいた運用の重要性
人事考課制度を構築した後は、その上記の諸規定にそって、考課制度を運用する必要があります。この後、この考課制度に基づき下された評価をもとに、労働者への対応を行いますが、考課制度の運用が恣意的だと、その後に続く労働者への対応も違法であると評価されてしまう恐れがあるので注意が必要です。
人事考課制度に基づき、問題のある労働者の勤務成績・勤務態度・労働能力をできる限り客観的な基準で評価し、これらを改善させるための措置をとることは、その後、労働者に不利益な処分を行う際にも非常に重要です。
3 配置転換や降格
上記のような、人事考課制度を活用して、指導などを行ったにもかかわらず、労働者の勤務成績・勤務態度が改善しない場合、解雇をするよりも先に、配置転換や降格などで対応ができないかを検討する必要があります。というのも、会社には、解雇回避義務、すなわち、配置転換や降格など解雇以外の手段によって解雇を回避する努力をする信義則上の義務があると解されているからです。
⑴ 配置転換
ア 前提
配置転換を行うためには、原則として、就業規則に、配転命令権を有するとの定めを置くことが必要です。具体的には、以下のような記載になります。「1. 会社は、業務上必要がある場合に、労働者に対して就業する場所及び従事する業務の変更を命ずることがある。2. 会社は、業務上必要がある場合に、労働者を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。3. 前二項の場合、労働者は正当な理由なくこれを拒むことはできない。」
このように、就業規則の規定は、非常に重要なので、現在の就業規則が本件のような問題も含め、労働者とのトラブルにきちんと対応可能なものかを、把握する必要性はとても高いです。会社の就業規則に不安がある場合は、弁護士にリーガルチェックを依頼することをお勧めします。
イ 権利の濫用に注意を!
もっとも、配転命令を行っても、これが権利の濫用として無効になる場合があります。最高裁昭和61年7月14日判決は、「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判事し、業務上必要のない配転命令や不当な動機、目的によってされた配転命令、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる配転命令は無効になると考えられますので、注意が必要です。
配転命令が、労働者を退職に追い込む目的であると評価されてしまうと、不当な動機、目的によってなされた配転命令であるとして、無効になってしまう恐れがあります。
⑵ 降格
ア 前提
職位・役職を引き下げる際には、就業規則の根拠規定は不要ですが、職能資格・職能等級を引き下げる場合には、就業規則に根拠規定を置く必要があります。
イ 権利の濫用に注意を!
降格を行った場合も、権利の濫用として、無効となる場合があるので注意が必要です。
東京高裁平成21年11月4日判決は、職位・役職の引下げについて「本件降格処分は,足立支所業務課副課長から同業務課係長に役職を引き下げるものであるが,懲戒処分として行われたものではなく,控訴人の人事権の行使として行われたものである。このような人事権は,労働者を特定の職務やポストのために雇い入れるのではなく,職業能力の発展に応じて各種の職務やポストに配置していく長期雇用システムの下においては,労働契約上,使用者の権限として当然に予定されているということができ,その権限の行使については使用者に広範な裁量権が認められるというべきである。そうすると,本件では,本件降格処分について,その人事権行使に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かという観点から判断していくべきである。そして,その判断は,使用者側の人事権行使についての業務上,組織上の必要性の有無・程度,労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するか否か,労働者がそれにより被る不利益の性質・程度等の諸点を総合してなされるべきものである。ただし,それが不当労働行為の意思に基づいてされたものと認められる場合は,強行規定としての不利益取扱禁止規定(労働組合法7条1号)に違反するものとして,無効になるというべきである。もっとも,この不当労働行為の意思に基づいてされたものであるかどうかの認定判断は,本件降格処分を正当と認めるに足りる根拠事実がどの程度認められるか否かによって左右されるものであり,処分を正当と認める根拠事実が十分認められるようなときは,不当労働行為の意思に基づくものであることは否定されるというべきである。」と判事します。
大阪地裁令和元年6月12判決は、人事考課による職能資格・職務等級の引き下げについて、「契約上の根拠に基づく降格は,被告の人事評価権に基づくものである限り,原則として使用者である被告の裁量に委ねられるものの,著しく不合理な評価によって,原告に大きな不利益を与える場合には,人事権を濫用としたものとして無効になると解するのが相当である。」
これらの裁判例でも、「労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するか否か」や労働者への評価が著しく不合理であるか否かが考慮されますので、上で述べた人事考課制度に基づく労働者の能力の評価が重要になってきます。
4 勤務成績・勤務態度に問題のある社員への対応は弁護士に相談を
勤務成績・勤務態度に問題のある能力社員への対応は、後日紛争になった際に備え、細かな手続きを踏み、配置転換や降格、解雇が必要な客観的な資料を整えながら行わなければなりません。とはいえ、具体的にどのような準備をすれば、将来の紛争に十分備えることができるかを判断するのは難しいと思います。勤務成績・勤務態度に問題のある社員へ対応が必要になった際には、まず弁護士に相談をすることをお勧めします!
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Last Updated on 2024年4月15日 by roudou-okinawa
この記事の執筆者 弁護士法人ニライ総合法律事務所は、実績豊富な6名の弁護士で構成されています。このうち3名は東京で弁護士活動してきた経験を持ち、1名は国家公務員として全国で経験を積んできました。 当事務所の弁護士は、いずれも「依頼者の最大の利益を追求する」をモットーに行動いたします。 |